ミツバチ 社会について色々と調べてみました。
ettountoさんの質問に対する補足です。質問を使って質問に返答して良いものか迷いましたが、文字数制限に引っ掛かって全文書き切れなかったので、この方法で対処させて戴きます。そもそも、神の目線で地上の事柄を考えようってのが無理なんですよ。神は絶対者だから何者にも傷付けられない。仏は解脱していて現世のあらゆる事(自分の肉体や命や魂や愛する人たちの身の安全にすら!)に囚われない。だから現世が地獄だろうと気にしないで奇麗事言ってられるのです。人には人の目線があり、人の運営する社会があります。信賞必罰無くして誰が善良で努力してしんどい思いして生きようと思います?社会の秩序の維持には悪党への罰則は必須なのです。そも、人は自分ひとりじゃ生きられない弱者であるがために、集団で生きる事を選んだ。でも固有の自我があってシロアリやミツバチみたいに群れに全てを捧げて歯車として生きる事が出来ない。それが為に、法に従いあるていど我慢する事を覚えた。自分が我慢するのと同等の我慢を相手に課す事で結果的には一番自分の利益になるから。このルールは本来的には『その集団の内部の人間に対するもの』です。異教の人や外国人や異文化の人に押し付けるのは余計な争いの元にしかならんのです。『内部の人間が法を犯せば、規定に基き罰則で対処する』。『外部の人間が攻撃して来れば、法とか関係なく、生き残りの為に排除する。但しそれは敵が悪とか味方が正義とかではなく、単に自分集団が生き残る為の闘争に過ぎない』、これが正しいのです。でもって、『神は善悪全てを創りたもうたが故に、人間的価値観で悪とされるものをも許す、と言うか裁く事が出来ない』『でもそれゆえに、神は悪を裁き殺す人間を悪として裁くことも出来ない。彼らもまた神の子であるからだ』。神に限らず、人間も『相手を悪として裁く』事が出来るのは『これを善、これを悪、って共通の認識を持って、互いに同じルールで生きる事を誓った身内に対してのみ』なのです。異教の者や異国の者、異文化の者に対しては『善悪関係ない、自分とこが生き残る為に、あるいは得する為に、あるいは単に気に食わんから潰すってだけの事』なのです。
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